マツモトヨーコ
「アルチザン」という言葉をご存知か。芸術家と職人の中間、あるいはその両方を兼ね備えた人、という意味の言葉だ。デザイナーやイラストレーターはこの範疇に入る。筆者の勝手な解釈はもう少し芸術家寄りで、アーティストだけでも十分成り立つ技量を持ちつつ商業フィールドでも活躍している人、である。今回紹介するマツモトヨーコはまさに現代のアルチザンと言って差し支えないであろう。
中学時代から美術部や画塾でアートと接してきたマツモト。当時から美術家になりたいという夢を持っており、大学も京都市立芸術大学に進学した。彼女が在籍した版画学科には関西の版画界を代表する巨匠、故・吉原英雄がおり、直接大きな影響を受けたという。また、当時(1980年代)は関西の現代美術シーンが大いに盛り上がっていた時期でもあり、大学だけでなく、毎週のように行われる友人知人の展覧会に出かけては談義に花を咲かせるというアート漬けの日々を送ったそうだ。
『Chinese tea time』 1999年
しかし、マツモトの作品はいわゆるゴリゴリの現代美術とは趣が異なる。作風は当時から一貫しており、テーブルや椅子に器、植物、果実などが配置された静物画である。静けさが漂う空間に人物は登場しないが、ついさっきまで人がいた気配が感じられる。観客はその気配を手掛かりに、自由に想像を膨らませれば良いのである。学生時代にギャラリーで盛り上がっていた時も、結局最後は別の場所に移って気の合う女友達とお喋りしていたことが多かったと言う。その友人、赤松玉女、田仲容子(故人)とは1990年代初頭にアートユニット「アルティジア」を結成し、展覧会やフリーペーパーで活動をしている。
展覧会だけでなくイラストの仕事にも熱心に取り組んでいたマツモトは、1994年に東京へと移住した。エディトリアル(出版物)の仕事は首都圏の方が圧倒的に多いからだ。その決断は正解で、以後多くの書籍や雑誌に挿絵を提供している。また、2000年からはにっぽん丸(商船三井客船)でクルーズ中の船客向けに水彩画やゴム版画の教室を行う珍しい仕事も担当。元々旅好きで知られる彼女だが、この仕事もあって世界各地を訪れる機会にも恵まれているそうだ(その分プライベートの旅行は減ったらしいが)。
あらあら、今ではすっかり東京の作家さんになったのね。ここまで読んでそんな感想をお持ちの方がおられるかもしれないが、その点はご心配なく。彼女のブログを読めば、その根底にある価値観、思考回路がまごうことなき大阪産だと分かるはずだ。また、彼女は今でも2年に1回程度のペースで阪急うめだ本店で個展を開催している。今年は秋に大丸神戸店でも個展が行われるそうだ。出版物はもちろんだが、個展で実際に作品を見れば、きっとマツモトヨーコ作品の魅力が分かってもらえるだろう。 |
『History』 1999年
『涼しい夏の日』 1990年
『午後3時』 1998年
『都会のマナー』 2007年
『夏窓』 2000年
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2008年4月28日
(美術ライター 小吹隆文) |
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大阪府出身。1983年、Rギャラリー(京都)で初個展。以後、大阪、京都、東京を中心に個展、グループ展多数。1994年より東京に移住し、書籍や雑誌の挿画、カレンダーを中心に活動している。代表的な挿画は『2/2』中島みゆき(幻冬舎)、『巨泉』大橋巨泉(講談社)、『はじめての結婚』秋元康・柴門ふみ(角川文庫)など。著書に『マツモトヨーコの脱日常紀行』(飛鳥新社)、『天国の日々―Daysin
Bali』(光琳社/絶版)あり。
ブログ「海豚亭通信」
http://plaza.rakuten.co.jp/matsumotoyoko/
オフィシャルホームページ
http://www.geocities.jp/matsumotoyoko55/ |
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朝日新聞西日本版夕刊(毎月第4土曜)にて「マツモトヨーコの偏愛京都」(イラストとエッセー)を連載中。2008年11月19日〜25日、大丸神戸店アートギャラリーで個展を開催。
『婦人公論』(中央公論社)、『きらら』(小学館)、『本の時間』(毎日新聞社出版部)、『GOLD』(JCB会員誌)でイラストを担当。
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筆者プロフィール
小吹隆文
情報誌編集者を経て、2005年よりフリーの美術ライターになる。
主な執筆先は、京都新聞、美術手帖、ぴあ関西版、エルマガジン、artscape(ウェブ)など。
個人サイト「勝手にRECOMMEND」
URL http://www.recommend.ecnet.jp/
ブログ「小吹隆文 アートのこぶ〆」
URL http://www.keyis.jp/ |