松本雄吉さん
何かと首都圏の方が優勢な日本演劇文化の中において、取り分け関西の方が盛んなジャンルがある。それは屋外で演じる芝居──いわゆる野外劇、テント劇と呼ばれるものだ。実際世界で唯一と言っていい、野外劇専門の演劇祭「第8回大阪野外演劇フェスティバル」が、現在大阪市内各所で開催中である(〜10/21)。この関西野外劇のシンボルといえる存在なのが、作家・演出家の松本雄吉が率いる劇団「維新派」だ。近年野外公演は数年に一度のペースになっているものの、結成から30年以上が経つ現在も、年に1〜2本の新作を精力的に発表。野外劇のテクニックを極限まで生かしたスペクタクル性の高い舞台は、国内だけでなく海外の演劇祭に幾度も招へいされたほど、世界レベルでの注目を集めている。
維新派が結成されたのは1970年(当時は「日本維新派」)。松本自身が大学で美術を専攻していた影響で、初期の頃は演劇というより屋外アートパフォーマンスに近い、サプライズ性の高い作品を発表していた。しかし80年代半ばから、作品コンセプトに合わせて大規模な野外劇場を打ち立てるスタイルへと徐々に移行。さらに90年代に入ると、単語の羅列のような台詞回し、内橋和久が作曲する変拍子の音楽、機械的な動きの振付を特徴とする独自の表現法「ヂャンヂャン☆オペラ」が誕生し、現在の維新派の形がほぼ固まった。彼らの舞台は、演劇のように物語を見せるのでも、ダンスのように身体性の高さを強調するのでもない。ほとんど1つの“街”と呼べるほど壮大かつリアルな舞台美術と「喋らない台詞、歌わない音楽、踊らない踊り」と評されるヂャンヂャン☆オペラスタイルを駆使して、架空の(あるいは、今は無き実在の)都市の風景を、俯瞰的な視点で見せていく。その舞台は、確かに私たちが生きている現代の延長線にありながらも、宇宙的かつ奇妙な郷愁をおびた異空間として、観客の目には映るのである。
また維新派のもう1つの特長といえるのは、松本自らが「うちの芝居は祝祭的な前衛」と説明する通り、他に類を見ないほどアバンギャルドな表現方法を用いながらも、根底には関西人らしい娯楽精神・サービス精神が存在することだ。たとえば過去には、バスタブ30杯分の水を張って水上生活の人々の暮らしを描いた『水街』、バスター・キートンの映像世界をダイナミックかつシュールな美術で表現した『キートン』などがある。これらのビックリするような仕掛けの数々はアートというよりも、むしろ非日常な光景を通じて人々を楽しませる、サーカスやテーマパークの発想に近い。松本自身は「大阪で活動してたからこんな作風になったかどうかは定かじゃないけど、東京にいたらもっと演劇寄りになってたかもしれない」と語っている。確かに渋さよりも派手さ、高尚よりもお祭騒ぎを好む傾向にあるといわれる大阪を拠点にしたからこそ、この前衛性と娯楽性が奇跡的に両立した、独特の世界が育まれたのかもしれない。
維新派は10/2〜6・10/9〜13に、滋賀県長浜市の琵琶湖畔で、4年ぶりの野外劇『呼吸機械』を上演予定。激動の20世紀をふり返る「20世紀3部作」の第2章となる。ちなみに昨年発表した第1章『nostalgia』では、日系ブラジル移民の青年を主人公に、20世紀初頭のラテンアメリカの情景をあざやかに再現した。松本は今回の作品について「第2次世界大戦中のヨーロッパを舞台にした、戦争孤児の兄弟の物語です。僕らは移民や漂流民のように、何らかの理由で放浪している人をテーマにすることが多い。それは〈野外で芝居をする〉というスタイルとの一致点を、直感的に彼らのような境遇の人々に見ているからかもしれません」と語る。さらに湖面にまで張り出すようなステージを作り、ラストではその上に大量の水を流して、琵琶湖と舞台が完全に一体化した風景を作り出すという。また会場周辺には屋台村やライブステージも設け、いっそうのお祭りムードを演出するとのことだ。