ポケットにそっと地球をしのばせて、グラフィックデザインという地球言語で世界とコミュニケーションするクリエイター、それが三木健だ。たとえば世界地図と経緯度が彫られたシンプルな白いカード。ポンと指先で押すと、手のひらにのるほどの小さな立方体の地球になる。この小さな地球こそ、大阪にある三木さんのオフィスの位置を示す名刺だ。北緯34度41分23秒。東経135度32分44秒。これが彼の事務所の地球番地。小さな地球の中の一点が三木さんの地球視点の立ち位置を示し、受け手との距離や関係性をイメージさせる。たとえ言葉の通じない海外の人でも、この小さな地球を見た瞬間、そのユニークな発想に“！”という感動と“クスッ”という共感が生まれ、互いの心の距離は一気に縮まる。グラフィックデザインが国境を超える瞬間だ。

平面から立方体へと起き上がる小さな地球のツール（事務所のコミュニケーションツール）

三木健はウィットの効いたいたずらを仕掛けるのが大好きなデザイナーだ。彼の仕事の中には、つねにいくつものユニークな仕掛けが隠されている。視覚の錯覚を巧みに使ったポスターや建築サイン、いかにも難しそうなパソコンという商品コンセプトをいとも簡単で親しみやすい犬のキャラクターに変換してしまったIBMの販促コミュニケーション、味覚・嗅覚・視覚・聴覚・触覚、五感のすべてに訴える仮想の文化を創りあげた珈琲の商品開発、イベント会場の情報と人の動きの仕組みそのものを一冊の中にコンパクトにデザインした世界デザイン会議のキット。もともとグラフィックという平面が発祥であるはずのデザインが、ある時は3次元の立体に、ある時は言葉や音楽に、ある時は物事の仕組みや人と人の関係性そのものへ、もののみごとに変換されていく。彼のデザインは、まるで軽やかな詩を奏でるように時空や次元を飛び越え、受け手の五感を刺激しながら、人の潜在意識の中に眠るコミュニケーションの可能性を目覚めさせていく。

世界グラフィックデザイン会議・名古屋2003に参加するためのツールがすべてセットされたコングレスキット

IBM JapanのThinkPadのプロモーション用ポスター ヌーヴォーコーヒーのブランドアイデンティティー

そんな三木氏は数年前、大阪の北浜の水辺にあるビル一棟を仕事場へとリノベーションした。天神橋と難波橋の間の大川沿いにたたずむ老朽したビルが、三木健のプロデュースと事務所のスタッフ全員の手によって、みごとに新しいコミュニケーションを生み出すクリエイティブな発信基地へと生まれ変わった。その真っ白な空間は、まるで情報デザインのミュージアムだ。1階はゲストを迎えたりデザイン会議をするミーティングルーム、2階は事務所とスタッフの作業スペース、３階はデザインに必要なすべての情報が構築されたアーカイブ、そして4階はクリエイティブなインスピレーションを創発させる“空”のスペース。無機質なコンクリートの打ちっぱなしでありながら、どこか人間らしさを感じさせるこのオフィスには、見学希望者まで現れるほど。この水辺の“いやしろ地”で、今日も世界のどこかから流れてくるここちよい風を感じながら、三木健の指揮による新しいグラフィックデザインの詩が奏でられていく。

筆者プロフィール
よしみかな
コピーライター＆インタビュア。有限会社かなりや主宰。2008年よりイエローキャブWESTとのタイアップで関西の文化人のキャスティング＆プロデュースをするプロジェクト「文花人」をスタート。
「文花人」　http://www.bunkajin.jp