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第五十話 あんなあ

「あのね」というのが、大阪弁では「あんなあ」になる。
「あのね」→「あのな」→「あんな」→「あんなあ」という変化形である。
関西ではよく、小学校低学年の子供向け作文帳として、「あのね帳」というのがある。「先生あのね、昨日わたし、動物園に行ったよ…」といった書き出しで、先生に話しかけるように作文をつづるのだが、大阪キッズの場合これが、口語体で書くと、「先生、あんなあ、わたしなぁ、昨日、天神さんの夜店に行ったんやでえ」みたいな、"あんなぁ帳"に近くなるはずだ。

標準語圏では、「あのね」とサラッと言う言葉も、大阪弁になると「あんなあ」と、語尾にアクセントがかかった、もっちゃりした言い方になる。だから、標準語だと軽い世間話なのに、大阪弁で「あんなあ」と切り出されると、とたんに何か謎めいた、イワクありげな、打ち明け話調の陰影を帯びてくるから不思議だ。
これも大阪弁特有のツカミの強さだし、フレンドリーさだといえる。

例えばムードでいえば、東京系のドラマだと、「あのね、実はさあ…」というシーンがあったとすると、爽やか系の男女俳優が、風吹きそよぐビルの屋上などで、お互いに遠い都会の風景なんかを眺めながら、さらりと会話している演出が似合うような気がする。一方の「あんなあ」だと、とたんに暑苦し系の俳優二人が、顔を近づけて会話するシーンが連想され、シチュエーションもお初天神の路地裏などで、画面にはどこにも逃げ場のない、閉塞感が漂ったりするのじゃないだろうか。

でも逆に、感情移入がしやすいのは、やはり「あんなあ」であったりする。悲恋を語るとき、「あんなあ、実はなあ…」と切なげな表情で切り出されるのと、「あのさぁ、実は私ね…」とさらりと言われるのでは、「ふんふん、どうしたん?」という引き込まれ方は、断然「あんなあ」に軍配があがるような気がする。
聞いている方の気構えも随分変わるし、「あんなあ…」と一言切り出されただけで、聞いている人間はすでに、会話のコラボレーションに組み込まれたようなものだ。
こんなふうに大阪弁というのは、ツカミのうまい、情感たっぷりな言葉だといえる。

本日のスキット

友人同士の会話

Aくん 「なんやねん、急に呼び出したりして。なんぞ、用か?」
Bくん 「いや、そないにたいしたことやあらへんねん」
Aくん 「ほな、なんやねん?」
Bくん あんなあ、実はオレ…」
Aくん 「金の話やったら、お断りやで」
Bくん 「そんな…まだ、なんも言うてへんし…」
Aくん 「ほな、なんや?」
Bくん 「いや、実は、ちょっとお金貸してもらおか思て…」
Aくん あんなあ、そやから、金なんかないて、言うてるやん」
Bくん 「いや、そこをなんとか」