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第三十七話 あんじょう

「あんじょう」とは、「うまく、具合よく、ちゃんと」といった意味の大阪弁だ。語源は「味よく」で、ウ音便の「味よう」が転じたもの。「味」という語源だから、料理における会話がルーツにあるのかもしれないが、むしろ「味のある文章」とか「人生の味」といった、「おもむき、妙味」など、深いところに潜んでいる素晴らしさを意味する「味」と見るのが順当だろう。

「あんじょう」は、若者の間ではめったに使われない言葉だが、ちょっと年輩の間になると、大阪ではいまでもわりとよく使われている。「あんじょうしいや」とか「あんじょう頼んまっせ」「あんじょうしときまっさ」などなど、何があんじょうなのかよくわからないが、シチュエーションに応じてなんでも包含してしまう、万能風呂敷みたいな言葉である。

例えば、えべっさんにお参りした大阪人が、「えべっさん、今年もあんじょう頼んまっせ」というときの「あんじょう」は、商売繁盛から家内安全までのありとあらゆる願い事を含んでいる。そんな簡単な一言で片づけられるえべっさんの方はたいへんだが、お願いする方は、全方位的に頼み事ができるので、まことに都合の良いユーティリティワードといえる。

あるいはまた、よく見知った商人と客が、裏商談などを成立させようとするときなどにも、「あんじょうしたってや」「へえ、まかしとってください。あんじょうしときますよってに」といった、訳の分からない会話で、すべてが成立してしまうのである。これを江戸の時代劇風にいうと、「のう、越後屋、魚心あれば水心…。わかっておろうな」「はい、それはもう、ちゃんと存じておりますよ、お奉行さま」「しかし、越後屋、お主も悪よのう」「お奉行さまこそ」「むふ、むふふふふ…」といった、わりとアシがつきやすい会話が残るのだが、大阪弁だと、お互いに「あんじょう」と言い合っているだけなので、たとえ盗聴されていても、証拠になんぞなりゃしないのである。そういう意味でも、大阪弁の方が、コミュニケーションツールとしては、より老かいでしたたかな"味"があるのではなかろうか。「味よう」転じて、あんじょうになったのも、うなずける。

本日のスキット

割烹の料理人と客の会話

料理人 「いらっしゃい」


「今日は、大事なお客はんお連れしたんや」
料理人 「そうでっか。そしたら、腕ふるいまっせ」


「なんぞ美味いもんみつくろって、あんじょう頼むで」
料理人 「へえ、そそうのないようにさせてもらいます」