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第三十四話 よろがわ

第三十話の折りに、一口に大阪弁といっても地域差があって、大きくは北方系と南方系に大別できる、とお話ししたことがありましたが、本日の大阪弁は、その南方系の話を--。

年輩の大阪人のあいだでは、結構知られている大阪弁の小咄に、「淀川の水飲んで腹ダブダブや」という例文がある。これを、南方系大阪弁で言うと、こんな発音に変化するのである。
「ヨロガワのミル飲ンレ、腹ラブラブや」
別の例文に、「淀川の水飲んで腹だだ下りや」というのもある。これも、こんなふうになる。
「ヨロガワのミル飲ンレ、腹ララクラリや」
「だ行」とか「ざ行」の言葉が、「ら行」に変換されているのがおわかりいただけると思う。このように同じ大阪でも大和川から南部域、主に河内地方にお住まいの生粋の大阪人がしゃべると、「だ行」や「ざ行」が「ら行」に変換されるのである。
同じような例としては、「ひ」が「し」に変換される江戸弁があげられる。「朝日新聞」が「アサシ新聞」に、「和田弘とマヒナスターズ(古い?)」が「和田シロシとマシナスターズ」に、「冷や奴」が「シヤヤッコ」になっちまう、アレですね。

余談だが、「ざ行」がうまく言えない関西人というのも結構いる。和歌山の人とか、播州あたりの人は、概して苦手なようだ。「冷蔵庫のお雑煮」が「レイドーコのオドーニ」になるし、「動物園の象さん」は「動物園のドーサン」になる。道路工事に使う「ロードローラー」にいたっては、「ドードドーラー」なんていう人もいて、ほとんど原形をとどめていない。

江戸っ子の「ひ→し」変換発音はいまでもよく耳にするが、南方系大阪弁の「ラ行発音」は、現在ではあまり聴かれない。大阪の南部域で育った、生粋の浪花のおっちゃんみたいな人が話すのを、たまに聴く程度である。
でも、「ラ行発音」がすでに一般化している単語もある。最も有名な例は、「けつねうろん」。うどんの「ど」が「ろ」に変換されているのだ。大阪以外の人だと、「どうして?」と不思議に感じるようだが、寒い冬に、ふーふー言いながら食べる熱々の一杯は、やはり「うろん!」と発音するのが、大阪人にとっては似つかわしい。
「ラ行発音」の入ったおっちゃんは買い物でも、「おばちゃん、これ頂戴かー」と言うところが、「これチョーライかー」となる。その他にも、「ただいまー」が「タライマー」に、「そこの角」が「そこのカロ」といった具合に、まるで舌足らずの幼児がしゃべるような、ラブリーな発音だ。でもよく見ると、ええ歳をしたおっちゃんがしゃべっていたりする。このギャップが、大阪的でファンキーなところだ。

こういうしゃべり方で有名だった人といえば、上方落語の四天王といわれた、故・六代目笑福亭松鶴師匠である。豪放磊落な芸風で、無類のお酒好き。それがたたって晩年は、なんだか口跡もあやしくなって、わやくちゃな話芸を披露していたが、それが、なんともいえぬ愛敬になっていて、大阪人にとっては愛すべきキャラクターであった。それもこれも、大阪弁のなせる技である。
松鶴師匠をはじめ、南方系大阪弁をしゃべる人はよく、自分のことを「ワテ」とか「ワタイ」と言うのだが、これがまた風情がある。古き良き上方庶民たちの暮らしぶりが、会話の端々から立ちのぼってくるようで、郷愁があるのだ。

本日のスキット

レストランのマニュアル店員と大阪弁客の会話

「おー、さぶ。なんぞ、ぬくもるもん、食べよかいな」
店員

「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりでしょうか?」
「えーと、けつね、もらおかな」
店員

「きつね、ですか。丼とうどんがございますが、どちらになさいます?」
「けつね、ゆうたら、うろんに決まっとるやろ」
店員

「かしこまりました。きつねうどん、でございますね」
「そやそや、なんでもええから、はよして」
店員

「ご注文を確認いたします。きつねうどんがおひとつ。以上でよろしかったでしょうか」
「もー堪忍してえや。けつねうろん一杯で、なんでそないタイソウなん…」