第二十三話 あかん
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英語におけるノーと同じで、大阪人はこの言葉を四六時中使っている。
相手の話を否定するとき、子どもをしかるとき、頼み事を断るとき、何か失敗をしでかしたとき、万事休したとき…。万能用語的に「アカン」は使われる。
大阪では警察や地下鉄など、公的な機関が発行しているポスターでも、「痴漢、アカン!」とか「捨てたら、ア缶」といったダジャレのノリで、けっこう使われている。それだけ、庶民に親しまれている、日常ワードだといえる。
英語のノーと同じで、シチュエーションによって、その意味も多彩に変化する言葉だが、本来の語源は、「埒(らち)明かぬ」の略であるという。物事がうまくいかないことや、それをしてはならない、といった打ち消し的な意味を持つ言葉である。正式に言うと「明かない」で、それが大阪弁流に変化して、「あかん」になったわけだ。
よく対比されるのは、関東弁の「いかん」である。「○○してはいかん!」と言われると、大阪人としては、非常にオフィシャルな意味で厳禁されているように思えて圧迫感を感じてしまう。ところが、「そないなことしたら、あかん」になると、「ちょっとぐらいやったら、ええんとちゃうの」みたいな解釈になってきて、大阪人の身体感覚にもマッチしてくる。
例えて言うなら、ぴったりしたソックスではなくて、ルーズソックスのような、ぴちぴちのパッチではなくて、ゆるゆるのステテコのような、そんなゆとり系の感覚が、大阪では好まれるようだ。つまり大阪の人は、頭から押さえつけられるのは、嫌いや、ちゅうことですね。
良くも悪くも大阪人は、このようにアバウトでラテン系である。「見つからんかたら、ええやんか」とか「捕まったら、謝ったらしまいや」みたいなノリで、杓子定規な法律や規則を、自分勝手に解釈してパスしていく。
だから大阪では、違法駐車が横行し、赤信号でもましらのごとく人々が走り抜け、ゴミのポイ捨てが目に付く。公的機関のポスターで、いくら「あかん!」と言われても、大阪の人は「あかん」という言葉にゆるやかな禁則しか感じていないので、「まあ、ええやん」で終わってしまうのである。
でも、そのアバウトさがあるから、大阪人はタフでやさしいのである。情もあればユーモアも忘れないのである。「あかん」という用法ひとつとっても、「あかんでえ」「あかんがな」「あきまへん」「あかしまへん」「もう、あかん」「こら、あかんわ」「あかんたれ」「あっかいな」…などなど、千変万化に使い回される。
大阪人は、万策つきて「ああ、もうあかんわ」と嘆いているときでも、頭のどこかで次の一手を考えている。そういう意味では、完璧な打ち消しにはなっていない、含みのある打ち消し言葉なのだといえる。
本日のスキット
夫婦の会話
夫 | 「なあ、お願いがあんねんけど」 |
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妻 | 「あきまへん」 |
夫 | 「まだ、なんも言うてへんやんか!」 |
妻 | 「あんさんが、そういう言い方したときは、お小遣いのことに決まってます」 |
夫 | 「そんなん言わんと、1万円でええから貸して」 |
妻 | 「あんさんに金貸して、返ってきたことおまへんで」 |
夫 | 「そやけど、愛する夫の財布に千円札しか入ってなかったら、切ないやろ」 |
妻 | 「全然」 |
夫 | 「そないにきついこと言いないな」 |
妻 | 「ないソデはふれまへん」 |
夫 | 「こら、あかんわ」 |