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第二十二話 あほ

「あほ」の語源は、諸説ある。ポルトガル語で間抜けを意味する「アファウ」から来たという説、秦の始皇帝が造営した巨大宮殿・阿房宮(あぼうきゅう)の故事という説などだが、松本修さんの著書『全国アホ・バカ分布考』(新潮文庫)による新説も有力だ。
それによると、戦国時代に中国江南の方言「阿呆」が日本に伝わり、それが「アホウ」になったという。それより一世紀ほど以前から、「ばか」という言葉が京都で使われていて、これは全国的な共通語として広まったのだが、後の輸入言葉である「あほ」は、関西以外には普及しないままに終わったのだという。
東京が日本の中心になるまでは、上方が日本の文化の発信源であったことが、このことからもよくわかる。言葉的には「あほ」の方が、トレンディな表現であったのだろう。

翻って現在、「あほ」は関西、「ばか」は関東という、分布図ができあがっている。
関東では「ばか」は、ごく日常的に使われていて、さほど気にならないようだが、関西人は「ばか」と言われるとむっとくる。逆に、関東の人は「あほ」と言われると、気に障るようだ。だからお互い、用法には気を付けておきたい。
大阪では「あほ」は、さまざまなシーンで使われる。「あほらし」「あほみたい」「あほやなあ」「あほくさ」などなど、実に多彩だ。迫力のあるヤンキー系の人が、ドスを効かせて「あほんだら!」と言うと、ちょっと怖かったりする。
でも、たいていの場合、大阪人が使う「あほ」は、情がこもっている。例えば相手が何か間違ったことを言ったり、しでかしたりすると、親しい間柄なら、「あほやな」ですませる。相手のいたらないところや欠点をやさしく包み込んで許す、包容力がある言葉だ。
あるいは、ラブラブのカップルなどの会話では、彼がおどけたことをしたりすると、彼女が笑って「あほぉ」とやさしく言ったりする。こういう時の「あほ」は、大阪ならではの夫婦善哉的な情愛がこもっていて味がある。
だから、あほの使い方がマスターできたら、大阪弁の上級コースに入っているといえる。

ちなみに、東の「ばか」に西の「あほ」だが、これに尾張名古屋の「たわけ」が加わって、3大勢力図が完成する。
たわけの語源も面白いので、ついでながらご紹介します。「親から受け継いだ田んぼを、子ども同士で分け合うとなくなってしまう、それはバカがすることだ」という意味で、馬鹿者すなわち「たわけ」(=田分け)と言われるようになったという。
日本全国、言葉は文化と直結していて、楽しいものです。

本日のスキット

夫婦の会話

「なあなあ、ちょっとアンタ。頼みがあんねん」
「なんや、たまの休みぐらい、ゆっくり寝かしてくれよ」
「そこのスーパーで売り出しがあるねん。悪いねんけど、ちょっと行ってくれへん」
「なんや、何を買うてくんねん」
「トイレットペーパーや。ごっつい安いねん」
あほらし。何がうれしゅうて、大の男が朝っぱらから、そんなもん買いに行かんならんねん」
「ええやん、ね、お願い」
「ほんなら、お小遣い、上げてくれるか」
あほ、それとこれとは話が別や」