#4「大阪の“食”と“芸能”が出会う”とんど祭り”」
#3「濃く、苦く、深い…大阪名物のストロング・コーヒー」
#2「なにわ野菜のブランド化、その取り組みと意義」
#1「大阪の胃袋をたずねて−大阪市中央卸売市場探訪」
 
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大阪の胃袋をたずねて


 大阪のブランドは数あれど、知名度の高さと連想の働きやすさにおいて、“食”に勝るものはないだろう。豊かな食の集積は、この街に「天下の台所」の異名を与えるとともに、高級割烹からたこ焼き、お好み焼きに至る幅広い食の系譜をもたらした。大阪を食の都たらしめてきたのは、生産地としてではなく、その集積によるといえよう。北の産物である昆布を加工した塩昆布が大阪名物として知られ、同じく昆布の旨みを活かした「出し」をベースとした料理が発展したのも、そのゆえである。また、大阪人が好む冬の味覚の代表格であるフグやカニにしても、こうした大阪の伝統ぬきには語れない。全国の「旨いもの」が大阪に集まってきたことで、大阪は天下の台所でありえた。その意味で、大阪市中央卸売市場は、食のまち大阪の基盤を支える重要な役割を担っているといえよう。また、市場は一般の消費者がふだん目にすることのない機能も備え、食を多角的な方面から見直すのに格好の場所でもある。
 食材は、産地から私たちの食卓に届くまでに、いったいどのような旅をするのだろうか。卸売市場は、食材の旅の重要な中継地点だ。大阪市中央卸売市場本場(大阪市福島区)での取材の模様をお伝えする。

卸売り市場の歴史
  大阪における生鮮食料品市場の形成は古く、秀吉の大阪城築城の頃にさかのぼる。以来、昭和の初期まで、天満、雑魚場、靭、木津、難波など活況を呈していた名高い市場があった。
公設の市場としては、1918年(大正7年)4月、大阪市によって公設小売市場が設置され、日用品の廉売と物価の安定が図られた。折しも同年7月、米騒動が起こったことから、全国的にも公設市場の必要性が検討され、1923(大正12)年、生鮮食料品取引の正常化と適正価格の形成を目的として、中央卸売市場法が制定される。こうした流れを受けて、1931年(昭和6年)、大阪市中央卸売市場が、現在の本場の位置(福島区野田)に開設された。この地が選ばれたのは、水陸運ともに至便との判断による。現在では、本場のほかに東部市場、南港市場の合計3箇所がある。取り扱い品目はそれぞれ、本場と東部市場が野菜や果物、水産物などの生鮮品および加工食料品、南港市場は食肉類である。
 なお、今回取材したのは本場であり、以下の記述は基本的に本場に関するものである。

水産物
 さて、市場の様子をのぞいてみよう。中央卸売市場といえば魚、と思う方が多いのではないだろうか。数量的に見れば、その最多を占めるのは野菜(46%)であり、水産物は生鮮と冷凍を合わせても17%程度だ(加工水産物除く)。しかし、金額面で見ると、両者の順位は逆転し、水産物(生鮮・冷凍)35%、野菜24%となる。(以上、2006年データに基づく。)やはり魚は市場の華なのである。
 卸売市場の朝は早いが、特に水産物については主な取引のほとんどが早朝のうちに終了する。私たちの取材は午前8時スタートだったので、水産のせり(午前4時開始)は見ていないが、マグロの解体風景や、せりが済んで出荷を待つ丸ごと一尾のマグロの山、機械で次々と裁断されていく冷凍サーモンなど、小売店では見られないダイナミックな光景を目にすることができた。
 これら大型魚は、海外で獲れたものも多い。ある仲卸の店先では、スペイン産の大きなマグロがまな板の上でさばかれていた。今や市場には、文字どおり海を越えて世界各地から食材が集まってくる。市場はまた、世界の食の見本市でもある。
 水産物には、生ものだけでなく加工品もある。かつお節の仲卸店舗をのぞいてみた。かつお節は、昆布と並んで出しに欠かせない食材だ。昔ながらの製法によるかつお節には、長い時間と手間がかかっている。水揚げされたかつおにカビの一種を植え付け、室での乾燥〜天日干しの工程を3〜4回繰り返し、4〜6ヶ月かけて重さは約1/5になる。これだけの手間ひまをかけて作られた食材には、旨みと栄養が凝縮されている。
 「かつお節が使われなくなるいうことは、日本の食文化が失われるいうことです。ほんまのかつお節で出した、おいしい出しを味わってほしい。」 とは、かつお節専門の仲卸さん。
 最近は、出しもインスタントが主流になり、昆布やかつお節から取る手間をかける人も少なくなっているのではないだろうか。店頭で食した削りたての極上花かつおは、かみ締めるほどに香ばしく、海の恵みと太陽の恵み、そしてそれぞれの工程に気を配る職人たちの心づかいが伝わってくるようだった。

産地から食卓にとどくまで 食材の旅
 ここで簡単に、産地から食卓までの食材の経路をまとめてみよう。



 上記のとおり、ひとくちに卸といっても二種類ある。一つは、出荷者から委託を受けて、あるいは買い付けた生鮮食料品等をせり売りする卸売業者。もう一つは、卸売業者から買い受けた品を小売業者に販売する仲卸業者。つまり、前者はせりでせり売りをする側、後者はせり落とす側である。ここから分かるとおり、卸のプロセスは最終価格の決定に大きく関っている。しかし、卸売の現場にも時代とともに変化の波が押し寄せている。近年では、スーパーマーケットなどが同一品目を大量に仕入れるケースが増えており、それに伴って、従来のせりによる売買でなく、あらかじめ決めた価格で取引する相対売り(あいたいうり)が増え、せり売りの割合が減ってきているという。さらに、小売業者が生産者から直接買い付ける市場外流通も増えてきているとのことであった。
 食品が私たちのもとに届くまでに、価格の決定以外にも重要なステップがある。それは、衛生管理だ。市場内には食品衛生検査所があり、市場内を流通する食品の残留農薬や食品添加物の分析と細菌検査等を行っている。検査室内は通常、部外者は立ち入ることができない。高層の業務管理棟の最上階にある検査所は、化学実験室そのものである。分析装置や試薬、試験管などがひしめく室内は、ふと高校の化学室の光景を思い出させた。機器の中には、全国でも導入している市場は数少ないという、超臨界流体抽出装置もある。 これは炭酸ガスを溶媒に、高圧をかけて食品から農薬を抽出する装置である。抽出された物質は、さらに分析に回される。抽出や分析のプロセスには一定の時間がかかるが、こうした装置を使うことで抽出の自動化と時間の短縮が可能になるのだそうである。なお、技術畑出身の取材メンバーによると、超臨界流体をつくり出す技術自体がまだまだ希少だそうで、この装置があること自体なかなかスゴイことらしい。

せりの様子
 午前9時、サイレンの音とともに果物のせりが始まった。青果(野菜、果物)も鮮魚と同じく早朝からせりが行われているが、鮮魚が早朝でほとんどが終了するのに対して、こちらは比較的遅くまでやっている。この時間帯は、りんごと柑橘のせりが行われていた。品種によって時間帯が違うらしい。
 せりといえば、せり人(卸売業者)の独特の節回しや仲買人の指のサインが思い浮かぶが、それだけではない。せりが始まる前から、仲買人たちは実物を見てチェックしている。こうして、競り落としたいものにあらかじめ目星をつけるのだ。実際にせりが始まってみると、誰がどんなサインを送り、誰が競り落としたのか、素人目にはほとんどわからない。それでも、次々と値がつけられ、出荷を待つパッケージが積み上がっていく。この後、商品として小売店に並ぶのである。

 ところで、大阪市中央卸売市場での青果のせり売りは、本場・東部市場あわせて7割を占めており、全国平均の3割を大きく上回るとのこと。昨今、全般的にせりが減ってきていることを考えると、青果部門のせりの多さは、本卸売市場の特徴といえるだろう。傍目にはよく分からないせりだが、プロ仕様のサインとともに飛び交う「高いでぇ、高いわぁ」「全部いてまえ〜」などの仲卸業者のかけ声―そのテンポ感に、何とはなしに大阪らしさを感じた次第。

変わる食と食文化
 食をめぐる最近の消費者の傾向として、産地にこだわる人が増えてきているようだ。食の世界もグローバル化が進み、世界各地の食材が居ながらにして楽しめる一方、生産や加工方法への関心が高まっている。食の安全への意識が高まっていること自体は歓迎すべきだが、それが高じて、歪んだ産地神話がひとり歩きしている面も否めない。○○産のレッテルにとらわれず、基本的には自分の目と舌で選んでほしい、と市場関係者は言う。
 「産地だけにこだわるのでなく、実際に見て、買うて、食べて、旨いものは旨い、という風に選んでほしい」とは、うなぎ・あなご専門仲卸店の若き社長の弁。
 そして、買い物にはコミュニケーションが大事だという。「魚は、店の人とおしゃべりしながら買うのが基本。今日はこれがいいで、とか、今の旬はこれ、とか、いろいろ教えてくれるでしょ。店の人と話をして、自分で確かめて買うてください。」
 これは、すべての食材に言えることだろう。最近はスーパーマーケットで食品を買う人が増えている。魚屋や八百屋ではごく自然に行われるコミュニケーションも、スーパーではほとんど見られない。ライフスタイルの変化でやむをえない面もあるが、便利さと引き換えに失いつつあるものに意識を向けることも、時には必要だろう。得ているものに比して、失っているものの方が大きい、ということがないとも限らないのである。

 本来、食材は生き物だから、たとえ同じ産地でも、その時々の気候、土壌や潮の状態などによって、味も栄養状態も実は違っているはずなのだ。こうした不確定要素によるバラつきを平準化するため、生産現場では機械やデータを駆使した様々な工夫が行われている。その結果、どんな食材も年中、安定的に供給されるようになったかに見える。しかし、その一方で、栄養素が希薄になっているとも言われ、本当に豊かな食を享受できているのかどうか、簡単には結論しかねる問題だ。失われつつあるのは、生きた食材に即した、生きた食生活かもしれない。
 しかし、グローバル化の一方で、「地産地消」が叫ばれるなど、食をめぐる動きも多様になっている。今回取材した本場は、「何でもある」「ないものがない」品揃えがウリだが、東部市場(大阪市東住吉区)では、なにわ伝統野菜などより地域色のある品目の取引も目立つという。今の時期なら、泉州水茄子や毛馬きゅうりなどが旬だろう。全国、そして世界から食材が集まる卸売市場だが、地域の食の流通も担っている。これら伝統野菜は、大阪のブランドとしても大いに注目されている。

 食は命をつむぐ源泉であり、豊かな食は豊かな暮らしを支える。大阪のまちは、豊かな食の系譜をもっている。しかし、それはこれからもずっと引き継がれていくだろうか。スピードアップする生活の中で、食材を吟味し、それに適した方法で料理する手間ひまをかけられる現代人は少ない。しかも、出来合いの食品が簡単に手に入る。食材がどのように生産され、どのような経路を伝って私たちのもとにたどり着いたのか、そこにどれだけの労力がかかっているのか、そんな想像力も働きにくくなっている。私たちは未だかつてない飽食時代を生き、未だかつてないほどに食生活を粗末にしているのかもしれない。大阪に生きる者として、せめて食のまちに恥じぬ、豊かな食文化を引き継いでいきたい。市場を歩きながら、そんなことを考えた。

■関連リンク
大阪市中央卸売市場 URL:http://www.city.osaka.jp/shijou/
(社)大阪市中央卸売市場本場市場協会 URL:http://www.honjo-osaka.or.jp/

2007年7月19日
(大阪ブランド情報局 小村みち)