大阪ブランド情報局 | Osaka Brand Committee

この辺で、ブランドをつくってきた経過と言いますか、私自身の個人的な紹介をさせていただきます。私は大阪に生まれました。きょうは「世界を視野にしたクリエイティビティ」ということをテーマにしたいのですが、もともと私がブランドをつくったり、ファッションデザイナーになったりしたのは、大阪という非常に素晴らしい環境が私の仕事や私のやろうとしていることを後押ししてくれたのではないかと思います。子供の頃から祖父に連れられて歌舞伎を観たり、文楽を観たり、日本の伝統芸能に3歳ぐらいからどっぷりとつかって、今でも長唄をやっています。先日も国立文楽劇場で三味線を弾かせていただきました。「ファッションデザイナーで三味線なんて弾くの」と言われるぐらい邦楽一辺倒で、洋楽も嫌いではないですが、どちらかといえば邦楽の方が堪能です。 大阪の中での歌舞伎や文楽など、大衆的な中で生まれてきた伝統芸能は、庶民の熱い血が形になって、それぞれの自分たちの生活を楽しむという目的で生まれてきたものですから、生活観やリアリティがなければ定着しません。私は子供の頃からそんなものをたっぷりと味わわせていただきました。 私が世界に出て自分の作品を発表することになったときに、独自のアイデンティティを持たなければ世界の人を魅了することは絶対にできないと痛感しました。世界の中には、石を投げれば当たると言われるぐらい多くのデザイナーがいるわけです。その中で自分というものを発揮するにはどうするのか。最終的には日本人としてのアイデンティティです。特に大阪、「なにわ」という環境の中で育てられた匂いをたっぷりと自分の中に含みながら出て行った。これが、私が成功した一番のゆえんです。 私の作品は、決して外国人の方たちがつくれるような作品ではなくて、着物をはじめとする日本の伝統文化に支えられた日本人でなければできないものだと思います。大阪にいて、あんなものを見てきて、あんなような環境の中で育ったからこんなものができる。だからお客様も共鳴して「こういう服を買いたいな」ということで私の服を買ってくれます。

今日は私のことを話させていただきましたが、これと同じような感覚で、大阪の中で独自のブランドをつくっていく。そして日本全国または世界にアピールしていく。これが最終的な大きな目標です。

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