中村雁次郎さん写真 中村雁次郎さん
スピーチ
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ご紹介にあずかりました鴈治郎でございます。

私、一週間ほど前までロンドンにおりました。何をしにロンドンへ行ったのかとお思いになるかも分かりませんが、大英博物館で上方歌舞伎の200年ほど前の名優たちの錦絵を見てまいりました。

300点ほど展示されていたのですが、実は私もその時代の錦絵というのは始めて見ました。さきほどご紹介にあずかりました坂田藤十郎の初代が、大阪のお芝居、上方歌舞伎をつくった100年ほど後の錦絵なのです。その後、大阪の歌舞伎、上方歌舞伎が非常に庶民の皆さん方にもてはやされて、もちろん江戸歌舞伎は、市川団十郎がつくったものがありますけれども、その時分はもう上方歌舞伎のすばらしい役者さんがたくさんいらっしゃって、その方の錦絵が生きているような感じでした。江戸の荒事の錦絵よりも、上方の役者さんの先輩たちのこの絵を見ておりますと、お客様に語りかけるような心と申しましょうか、非常に柔らかいムードの絵なのです。私も初めて見まして、上方の役者というのはすごいなと感じました。

私はその展示会の最後に、踊りを踊って、歌舞伎の説明をしました。ちょうど400人ぐらい入る会場で2日間やりました。大勢の人たちが来てくださったのですが、歌舞伎のことを詳しくいろいろ調べているのでびっくりしました。質疑応答のときにどういうことをお聞きになるのかなと思いましたら、「昔の芳沢あやめという女形は、普段でもやはり女らしくして、女のような振る舞いをすると聞いておりますけれども、今の女形はどうですか」というようなことを聞かれました。「今はそういうことはありません」とお答えしたのですが、そんなことまでロンドンの人は知っているのですね。

帰りの飛行機の中で、もうこれは世界の大阪なのだなとつくづく思いました。これは非常にうれしいことでありますし、また責任も感じました。立派な上方歌舞伎をつくらなくてはいけないなと思いました。

私も21世紀になりましてから毎年、海外公演をいたしております。イギリス、アメリカ、ロシア、中国へ行きまして、今年2005年は春から初夏にかけて韓国とアメリカに行ってまいりました。全部、近松門左衛門の「曽根崎心中」のお初の役を演じました。上方のお芝居で歌舞伎というものを知っていただこうと思ったからです。各国でお客様がどういう感じで受け止めてくれるか知ることも勉強だと思って、大阪のお芝居を持ってまいりました。どの国でも、お客様の反応はみんな一緒でした。スタンディング・オベーションのときの拍手の音。立って拍手をしてくださって、よかったという顔をなさる。こんなうれしいことはなかったです。私はそれを実感しまして、やはり大阪人がつくった歴史あるものは、絶対に強いのだと思いました。

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